2021年12月 - 見せかけの「成功」と心の空虚
当時、私は国内有数の大手商社で営業マンとして6年間勤務していました。年収は600万円を超え、都心に一人暮らし。傍から見れば、いわゆる「エリートコース」を歩んでいるように見えたかもしれません。友人たちからも「安定していて羨ましい」「給料も良くて順風満帆だね」と言われることが日常でした。
しかし、私の内面は全く異なりました。毎朝、重たい体を引きずって満員電車に乗り込み、日中は上司の顔色を窺いながら数字に追われる日々。夜は気乗りしない接待で愛想笑いを浮かべ、帰宅するのはいつも終電間際。そんな生活の中で、「自分は何のために働いているのだろう?」という疑問が、日に日に大きくなっていったのです。
「年収600万円。でも、手取りにすると月約40万円。そこから家賃10万円、見栄で組んだ車のローンとクレジットカードのリボ払いで計12万円、日々の生活費で15万円…。気づけば、毎月の貯金はほぼゼロ。むしろ、ボーナス払いのカード代で赤字になる月すらあったんだ。」
隠された現実:借金300万円と消える貯金
表面的には問題なさそうに見えても、私の家計は火の車でした。見栄やストレス解消のための浪費が重なり、気づけば複数のカードローンやリボ払いで借金は総額300万円に。なけなしの貯金400万円も、このままでは数年で底をつく計算でした。
2021年12月時点の私のリアルな財務状況
項目 | 内容 | 金額 |
---|---|---|
総収入(手取り月額) | 営業職 | 約40万円 |
総支出(月額) | 家賃(都内1K) | 10万円 |
クレジットカード返済(リボ含む) | 7.5万円 | |
カードローン返済 | 5万円 | |
生活費(食費、光熱費、交際費等) | 15万円 | |
月間収支 | -2.5万円 (赤字) | |
総借金額 | カードローン、リボ払い、友人 | 300万円 |
貯蓄額 | 普通預金 | 400万円 |
ボーナスで何とか赤字を補填するものの、貯金は減る一方。まさに崖っぷちでした。
2022年1月 - 32歳の誕生日の朝、訪れた転機
忘れもしません。その日は土曜日で、珍しく予定のない休日でした。いつもより少し遅く起き、ぼんやりとした頭で洗面所へ向かいました。歯を磨きながら、ふと鏡に映る自分の顔を見たのです。そこには、疲れ果て、生気の失せた32歳の男がいました。
鏡の中の自分との対話
「おい、お前、このままで本当にいいのか? あと40年近く、この満たされない日々を繰り返すつもりか? 70歳になった時、自分の人生を振り返って、心から満足できると言えるのか…?」
その瞬間、何かがプツンと切れたように、涙が溢れてきました。いい大人が、朝の洗面所で声を殺して泣いている。その光景は、あまりにも滑稽で、そしてあまりにも惨めでした。
その日の午後、私は近所のカフェに行き、ノートを開きました。そして、「このまま今の生活を続けた場合の、自分の未来予想図」を、思いつくままに書き出してみたのです。
結婚、そして第一子誕生
周囲のプレッシャーもあり結婚。子供が生まれ、マイホームのローンに追われる。借金はまだ完済できず、心の余裕もない日々。
中間管理職の悲哀
課長クラスには昇進するも、年収は700万円程度で頭打ち。上司と部下の板挟みでストレスは増大。同期の半分は会社を去っている。
リストラ候補、そして後悔
会社の業績悪化で早期退職勧告の対象に。部長にはなれず、専門スキルもない。若い頃にもっと挑戦しておけばよかったと後悔する日々。
退職金でローン返済、そして不安な老後
退職金で住宅ローンはなんとか完済。しかし、老後資金は雀の涙。年金だけでは暮らせず、再就職先も見つからない。
「書き出した未来予想図は、あまりにも暗く、希望のないものでした。これが私の『ありふれた普通の人生』の結末だとしたら、一体何のために生きているのだろう? 心の底から、そう思いました。」
日記に綴った葛藤と、出口の見えない日々
その日を境に、私は日記をつけ始めました。誰にも言えない心の叫び、将来への不安、そしてほんの少しの希望。それらをノートにぶつけることで、何とか自分を保っていたのです。
今日も上司に理不尽な要求をされた。反論する気力もない。「はい、分かりました」と答えるだけの自分が嫌になる。同期の佐藤が、最近目を輝かせて新しいプロジェクトの話をしていた。彼我の差に愕然とする。俺の心は、いつからこんなに乾いてしまったんだろう。
母からの電話。「あなたが立派な会社で働いているのが、お母さんの自慢よ」その言葉が、鉛のように重くのしかかる。親を悲しませたくない。でも、このままでは自分が壊れてしまう。一体どうすればいいのか。ただただ「ここではないどこかへ行きたい」と願うばかりだ。
2022年2月 - 友人との再会が灯した希望の光
出口の見えないトンネルをさまよっているような気分だった2月のある日、大学時代の友人から数年ぶりに連絡がありました。彼は2年前に広告代理店を辞め、フリーランスのWebデザイナーとして独立していました。久しぶりに会って話を聞くうちに、私の心に小さな光が差し込んできたのです。
友人との会話が、私の固定観念を打ち破った
友人:「おー、田中じゃん!久しぶり!なんか顔色悪いけど、大丈夫か?」
私:「実はさ…会社辞めようか本気で悩んでて。でも、今の仕事辞めたら収入なくなるし、借金もあるし、親も心配するだろうし…。八方塞がりだよ。」
友人:「そっか、大変だな。でもさ、俺も会社辞める前は同じようなこと考えてたよ。でも、思い切って飛び込んでみたら、案外なんとかなるもんだぜ。本当にやりたいことやってると、不思議と道って開けてくるんだよ。」
私:「でも、お前みたいに特別なスキルもないし、今から新しいこと覚えるなんて…。」
友人:「スキルなんて後からいくらでも身につけられるって!俺だって最初は何もできなかったし。いきなり独立じゃなくても、まずは副業から小さく始めてみたらどうだ?俺も最初は週末だけ、知り合いの店のホームページ作ったりしてたんだぜ。」
その友人との会話は、私にとってまさに目から鱗でした。「いきなり全てを捨てる必要はない」「小さく始めてみる」という選択肢があることに、初めて気づかされたのです。
退職か、継続か。下した「段階的転換」という決断
友人の言葉に背中を押され、私は改めて自分の状況と選択肢を整理しました。「すぐに会社を辞めて新しい道へ進む」ことのメリットとデメリットを、冷静に比較検討したのです。
即時退職のメリット
- 精神的なストレスからの即時解放
- 新しいスキル習得や活動に時間を集中投下できる
- 人生の大きな転換点を強制的に作れる
- 「後がない」という覚悟が決まる
即時退職のデメリット
- 月収40万円がゼロになる恐怖
- 借金300万円の返済計画の破綻リスク
- 社会保険や年金の手続きの煩雑さ
- 家族や周囲への説明と心配
- 再就職できなかった場合の不安
熟考の末、私が選んだのは「段階的に人生をシフトさせていく」という道でした。リスクを最小限に抑えつつ、着実に新しい未来へと進むための、自分なりの5つのステップを立てたのです。
- まずは会社員を続けながら、週末や夜の時間を使って副業を始める。(リスク分散と収入確保)
- 副業で得た収入は、まず借金返済に優先的に充てる。(経済的基盤の安定化)
- Web制作やプログラミングなど、将来性のある新しいスキルをオンラインで学習する。(自己投資と時間管理)
- 副業収入が月20万円を超え、ある程度の自信がついたら、本格的に退職と独立を検討する。(具体的な目標設定)
- 家族や親には、状況を見ながら少しずつ自分の考えを伝え、理解を求めていく。(人間関係への配慮)
2022年3月 - 小さな、しかし確かな第一歩
「段階的転換」という方針が決まってからの私の行動は、自分でも驚くほど早かったです。まず、近所の図書館でWebデザインやプログラミングに関する入門書を3冊借りて読み漁り、YouTubeで無料のプログラミング講座を見つけては、食い入るように視聴しました。
人生で初めて書いた、一行のコード
そして、3月の第二土曜日。おぼつかない手つきでパソコンに向かい、HTMLというものを初めて記述しました。ブラウザに「Hello World!」という文字が表示された、ただそれだけのこと。でも、その瞬間、なぜかまた涙がこみ上げてきたのです。
「俺にも、何か新しいことができるかもしれない」
それは、絶望の淵にいた私にとって、本当に小さな、でも確かな希望の光でした。その日から、毎朝5時に起きて1時間、仕事から帰宅後に1時間、そして週末は最低4時間を、新しいスキル習得のための学習時間に充てることを自分に課しました。正直、最初は眠くて辛くて、何度も挫けそうになりましたが、あの「Hello World!」の感動が、私を支えてくれました。
エピローグ:第1部で得た教訓と、次への序章
- 人生の大きな転機は、日常の中に潜む小さな「違和感」や「問いかけ」から始まることが多い。
- 現状を客観的に分析することは時に恐ろしいが、それ以上に恐ろしいのは、何も変えなかった場合の未来を予測すること。
- 全てを一度に変えようとしなくても良い。「段階的な変化」こそが、現実的で持続可能な再スタートの鍵。
- 漠然とした不安は、具体的な数字や言葉に書き出すことで、初めて向き合うべき課題として認識できる。
- 信頼できる友人やメンターの体験談は、自分の凝り固まった視野を広げ、新しい可能性を示してくれる最高の良薬。
- どんなに小さく見えても、「最初の一歩」を踏み出すことの意義は計り知れない。その一歩が、未来を動かす原動力になる。
32歳の誕生日から約2ヶ月。私の日常は、表面的には何も変わっていませんでした。相変わらず商社マンとして働き、満員電車に揺られ、時には理不尽な要求に耐える日々。借金300万円も、将来への漠然とした不安も、すぐには消えませんでした。
でも、私の心の中では、確実に何かが変わり始めていました。それは、「自分の人生は、自分で変えられるかもしれない」という、小さな、しかし力強い希望の萌芽でした。
「人生を劇的に変えるために、必ずしも派手な決断や大胆不敵な行動が必要なわけではない。本当に大切なのは、日々の生活の中で、ほんの少しでも自分に正直になり、小さな挑戦を積み重ねていく勇気なのだと、私はこの時、学び始めたのかもしれない。」
この記事を読んでくださっているあなたも、もしかしたら、かつての私と同じように、今の自分や将来に言いようのない不安や焦りを感じているかもしれません。でも、大丈夫です。人生は、何歳からでも、どんな状況からでも、必ずやり直すことができます。
次回の【第2部:スキル習得への挑戦】では、私がプログラミング学習で経験した数々の失敗と、それを乗り越えて初めての副業案件を獲得するまでの、より具体的な奮闘記をお届けします。どうぞお楽しみに。